LOGIN午後は食料探しだ。近隣にはもう食べ物はないので長旅になるが、仕方ない。
各自腕時計を持ち、午後四時まで行ける距離ということで話がついた。時計は意外と残っている。 ただはぐれないようにと個別行動ではなく、二グループに分かれてだ。墓川、花香、由那のグループと、俺といずみのグループ。 自転車は使えないので徒歩。俺たちは瓦礫をかきわけながら進めるだけ進んでいく。 そんな中、いずみが楽しそうに声を弾ませる。「いやー、凄かったね、花香」「あ、ああ。凄い豹変ぶりだった」 あれは予想していなかった。まさかあんなことになるなんて。「私驚いたよ、あれはちょっと大物だよ」「……危険な大物だけどね。それにしても……」 俺は頭をとんとんと叩く。「どうしたの?」「ここに来てから、少し酔うんだ」 今まで誰にも言わなかったことだが、実はこの世界は何故かふらつく。気持ち悪くなる。 最初は気のせいかと思い無視してたが、どうもそうじゃないとなれば、残るは花香だが―― 「え、えと……あたし、は……田下くん!」 花香は俺の腕にしがみついてきた。 墓川があんぐりと口を開ける。 「塔月! いや、君はそういう女だったな」 うん、それはわかっていた。花香はいつだって強い者の味方だ。だから現在においては、絶対に墓川の味方はしない! 俺はそんな彼に向けて、トドメの一言を放つ。 「さあ墓川。信任を失ったぞ。誰もお前には従わない。リーダーじゃないんだよ、お前は」 「そうかね?」 しかし墓川は何故か冷静だった。 冷静に、ゆっくりと後退していく。俺たちもそれに合せて少しずつ前進。 だが、それがまずかった。 「え? は、墓川!」 墓川がめざした先はプール。その入口近くにある、消火栓。 墓川は俺たちから目を反らさず消火栓を手探りで開け、そして中から――猟銃を、取り出した。 彼は何の躊躇もなく猟銃を俺たちに向け、こう言い放つ。 「全員、その場に伏せろ。さもなくば射殺する」 「墓川……てめえナンダソリャ!?」 猟銃の存在を知らない面木はただただ仰天するばかりであった。 言っておくべきだったか。いや、しかしまさか、ここであいつが銃を使うとは予想していなかった。 墓川は狂ってはいるが、あくまで信任を必要とするリーダーだ。それは彼自身が誰よりも理解していて、だからこそみんなから否認されれば素直に受け入れると思っていた。 しかし現実は違った。 独裁者は――自分の椅子を手放さない。 「猟銃……本気で、撃てるのか?」 俺が震える声で問うと、墓川は眉一つ動かさず冷静に返す。 「撃つ。田下。君を仲間にしたのは失敗だったよ。君は秩序を壊した。みんなで力を合せて生きるべきなのに、それを踏みにじった。大罪だ」 そして一呼吸置いて、銃口を、俺に向けた。 「よって田下春弥を――秩序の名のもとに処刑する」 もはやこれまでか。 まさか墓川がそこまで壊れていたなんて。彼の頭にはもはや人間としての
帰り道、俺たちは非常に悩んでいた。 「墓川を説得するしかない」 黒い渦は見つけた。ラストフィナーレ・ファイナルエンドまで時間がないこともわかった。 となれば後は皆を連れてこの世界を脱出することだけ。単純だ。 しかしその単純なことこそが、最大の難関だったのである。 「幸い、黒い渦はあったんだよね」 いずみが俺を元気づけようとそう言ってくれた。 俺は念のため訪ねる。 「いずみ、メモった?」 「もち。場所はわかったよ」 「じゃあ、決行するしかない」 果たして成功するだろうか。正直自信はない。 でも、もはや一刻の猶予もないのである。覚悟を決めなければならない。 俺は大きく深呼吸して、箱船へと戻った。 戻ると、待ってましたとばかりに墓川が待ち構えていた。 「何を話している。仕事はいくらでもある。この寒さを感じたまえ。日増しに寒くなってる。防寒対策はできる限りしないと我々は死んでしまう。君たちの怠慢が全員の命を奪うのだ。怠けるな」 言っていることはもっともだが、もはやそんな時期じゃない。ズレている。 まずは、それをわからせるべく、政府極秘の文書を墓川につきつける。 「墓川、これを見てくれ」 「…………」 墓川はつまらなそうに受け取ると、ただ目をちらっとだけ配った。本当にちらっとだけで、全然精査していない。する気もなさそうだ。 おそらく彼は現実を直視できないのだろう。気持ちはわかる。 でも、それじゃダメなんだ、どれだけ現実から目をそむけても、たしかに現実はここにあるのである。それを理解させないといけない。 俺は一歩踏み出し、ハッキリと告げる。 「由那が見つけた。もうすぐ地球は滅亡する。凍りつくんだ」 「…………」 風が吹いた。凍てつくような氷点下の風。雨が降っている。雪にならないのが不思議なくらいだ。どうして雪にならないのだろう? 高度な天候の科学については俺は明るくない。地軸の関係とかもあるのかもしれない。ただそれは今論ずべきことじゃない
ノルマの医薬品を何とかバッグに詰め終えると、俺たちは箱船へと戻る。 その道中、由那とばったり出くわした。 「春弥」 ちょうどいい。俺は彼女の元へ歩み寄る。 「あ、由那。報告しようと思ってたんだ、今……」 「聞いて、地球は、もう保たない」 「「え?」」 俺といずみは同時にマヌケな声を漏らした。 唐突に何を言うんだこの子は。 「政府の文書にこんなのがあって、見て、これ」 由那はバッグから分厚い書類を尽きだしてきた。 受け取ってはみるが、そこには極秘という判子が押された意外にはよくわからない数字が大量に記されていて、さっぱりわからなかった。 「これ……は?」 「よくわかんないねー」 いずみもわからないようで、しきりに首を傾げている。 すると、由那は一枚の紙を新たに差し出す。それはルーズリーフにシャーペンで書かれた者で、 「計算、私、した」 なんと由那のお手製だった。 この資料を基にわかりやすく要約してくれたものということか。 「「え? 由那……そんなことできるんだ」」 全く同時に声を漏らす俺といずみ。 一体天藤由那とは何者なのだろう? 要約した紙だが、そこには一ヶ月以内に地球が消滅するということが簡単に記されていた。 一ヶ月以内!? 計算式も記されているが、こちらはさっぱりわからない。ただ一ヶ月という数字に、俺たちは戦慄するのみだった。 さらに由那はバッグからダメ押しとばかりに新たな資料を差し出す。やはり極秘の判子が押されていた。 「ん。それとこれ、政府筋の極秘文書」 「……ど、どこまで行ってきたのさ?」 「首相官邸跡」 「…………」「…………」 マジな話、由那は一体何者なんだ? いや、案外ここは近いのかもしれない。東京だったりして。そういやここどこなんだ? 「ここ、何県? 東京都?」 訪ねると。 「愛知県。関東はもう水没してる」 「…………」
翌日、俺は当然のように働きに出された。ただ俺の痛々しい包帯姿を見て多少意気消沈したのか、ノルマは少なめだった。 今日はいずみと一緒に医薬品回収だ。ドラッグストアを探しまくる。 花香は当然監視しているだろう。 「しかし、子供たち大丈夫かなあ」 「大丈夫、気長に待とうよ」 いずみは優しく答えてくれた。そうだ、流石に子供たちまでは監視が回らないはずだ。それに子供たちが遊んだとして、箱船のメンバーでなはないのだから墓川にどうこうする権利はない。 「無駄口を叩くな! 働きたまえ!」 墓川の声!? 振り向くと、そこには水汲みのため背中に樽を背負った墓川の姿があった。 見ていたのか……恐ろしい男だ。 俺がすべきこと。それは―― 「あ、ご、ごめん!」 即座に深々と頭を下げることだった。これは昨日いずみや由那と相談して出した案。墓川有志という男は独裁者でありたがっている。マウントを取りたがっている。 そんな彼の支配者としての意識を満足させれば、彼は優しくなる。そう踏んだのだ。 実際のところ、それはてきめんだった。 「うむ」 墓川は何様のつもりかわからない言いぐさながらも愉快そうに頬を緩め、軽い足取りで川へと向かっていたのだから。 「あの独裁者を黙らせないとね」 「……はは、そうだな」 全く否定の余地がない。しかしそのためには黒い渦がいる。 子供たちは大丈夫だろうか。 そんな不安を抱えながら瓦礫の道を進んでいくと―― 「おねーちゃん」「おねーちゃん」「ねえねえ」 子供たちが俺たちのもとへ駆けてきた。 「あ、みんな、どうしたの?」 「みつけたよー」「くろいうず、あった」「ぐるぐるまっくろ」 「……っ!」 早っ! たった一日で!? 俺が一ヶ月近く毎日探しても見つからなかったのに!? どこにあったんだよ!? 困惑する俺をよそに、いずみが驚いたように「へえ」と感嘆の声を漏らす。 「本当だっ
目が覚めると、そこは倉庫で、缶詰が沢山見えた。 そして人。いずみと、由那だった。 「だ、大丈夫? 墓川のやつ、無茶苦茶するから……」 「いたた、だ、大丈夫……」 傷口に消毒薬をつけて、包帯を巻いてくれるいずみ。なんてありがたいんだ。 この悲惨な世界の中で、たった一輪だけ咲き誇る花のようだった。 「でもまさか花香が密告するなんて……」 忌々しそうにそうこぼすいずみ。だが俺はゆっくりと身を起こしながら、 「いや、油断した。そうだよな、そういうやつもいるよな」 そう、諦めたように答えた。 花香は今まで仕事らしい仕事をしていない。墓川が俺たちに要求するだけのノルマはどうやっても果たせまい。 なら違う仕事をさせた方がいいと考えるのは自然なことだ。花香には力もないし。 そして俺は定期的にパラレルワールド説を説いては墓川を苛立たせていた。銃についても知っているし、不穏分子だと思ってもなんら不思議ではない。 痛い。全身がズキズキする。 「ほら、痛い?」 「う、ううん。大丈夫」 気丈にそう答える俺だが、捻挫くらいはしたかもしれない。墓川は面木と違い、ダメージコントロールできるほどケンカ慣れをしていないからな。 しかもバレー部だったらしい。腕の力はかなり強く、一発一発が骨まで響いた。 まさに地獄。 だからこそ、いずみの優しさが本当にありがたかった。 「……いずみ、か」 とくん、まるで雫が心の中に落ちて、波紋を広げたような感覚。 温かくて、心地よくて、思わず頬が緩んでしまう。 「あれ、なんだ、この気持ち……」 多分だけど、俺はいずみのことが―― 「……ねえ、春弥。あんた本当に他の世界から来たの? 黒い渦に入って」 「…………」 思考を遮られた。 だけど、その質問はもっともだ。 答えるべきか、答えないべきか。 「大丈夫、私は春弥の味方だよ」 いずみなら、大丈夫。 俺は小さく首肯する。
俺はこうしてはいられないと、仕事の最中に黒い渦を探すことにした。こっそりとではあるけれど、やらないわけにはいかなった。 「しかしここら辺のはずなんだよな……ない、ないなあ」 見つからない。毎日毎日街中を回っているのに、さっぱり見つからない。 「どうしてないんだ? 俺はこの世界にいた記憶がない! ない! おかしい」 墓川は俺の記憶を妄想とか、あるいは記憶喪失とか言う。だが違う。そんなはずはない。前の世界でのぬくもりや空気、肌の感覚。それらは全て残っているんだ! 「俺は絶対にこんな世界の住人じゃない。必ず、どこかに出口が、パラレルワールドへのホールがあるはずなんだ……っ!」 だけど、どこにもない。瓦礫の中にも、道ばたにも、川の中にさえも。 「絶対……あるはずだ。それさえ見つければ、みんなを助けられる。こんな崩壊した世界から、脱出できるんだ……」 気ばかりが焦る。 墓川時代はもう限界だ。これ以上付き合っていられない。 でもそのためには黒い渦を見つけないといけないのだ! 「でも、見つけないと……信用、されない……俺一人で、見つけるしかない……っ!」 しかし現実はどこまでも無情で、結局の所、今日も黒い渦を見つけることは出来なかった。 腕時計を見ると夕方の五時。リミットだ。 「あ、もう時間だ。帰らないと!」 しかし、これがまずかった。 「田下。君はどこにいた?」 「え?」 帰宅一番、俺は墓川に尋問された。 遅刻したことを怒っているのだろうか。最初はそう思った。 だが、違った。 「塔月から聞いた。まだパラレルワールドに固執しているのか?」 「な……っ!」 俺は慌てて花香を見る。花香はふふんと勝ち誇った笑みを浮かべていた。 そう言えば花香へのノルマは何故か口頭ではなくメモだった。それはつまり、あの中にあったわけだ。俺たちの、いや、俺の尾行というものがっ! 迂闊だった。そこまでは考えていなかった。 俺が思っていたよりもずっと、墓川は猜疑心が強かったのである!